ひ素ミルク中毒被害者の救済をスタートさせることを決めた三者会談の構成は、国(厚生省)、森永乳業、守る会でした。事業を実施する機関であるひかり協会が設立されてからまもなく、ひかり協会も構成団体になり、結果として四者によって「三者会談」が構成されています。(ひかり協会も含むときには「 」をつけています)
三者会談確認書(1973年12月締結)には、問題が全面的に解決するまで三者会談を継続すること、また三者会談の中に救済対策推進委員会を設置することが確約されています。現在まで「三者会談」は年1回、救済対策推進委員会は年4回、継続しています。
その「三者会談」には全国本部役員(四役と常任理事)が、救済対策推進委員会には四役から選定した者が、いずれも東京で開催される会議に出席し、救済事業の推進のために活動しています。